お侍様 小劇場 extra

    “青い鳥 小鳥” 〜寵猫抄 


 先の冬半ばから この春先にかけては、特に奇妙なお天気の巡りが襲ったのを覚えておいでだろうか。

 お話の最初にいきなりの“わたくしごと”ですみませんが、我が家の玄関先、門扉の真上には赤いモクレンの枝が張り出しておりまして。緩い傾斜地に建ってる関係で、道から家まで中折れ程度の石段を上がらにゃならないのですが、本体は上の前庭の縁、そこから張り出した枝が門扉の頭上に来ているんですね。東に向いてる関係であんまり陽あたりがいいとは言えないせいでしょか、例年からして他所のお宅よりずんと咲くのが遅いのですが、今年は特に危ぶまれていたのが、今年に限ってという現象に襲われていたからなんですよ。それへ気づいたのは、何だかこの春は門扉周りの汚れようがひどいなと思ったからで。でも、この春先は、まだ冬だろという頃合いにいきなり花見時分の気温になったり、そうかと思えばお彼岸に雪が降ったり、台風のような荒れ方をしたりと落ち着かなかったんで、そういった折に掻き回されたり飛んで来たりした木っ端や土のせいかなと、ぶつぶつ言いつつも掃除してたんですが。ふと、頭上を見上げるとモクレンの蕾が異様に少ないし小さい。何か変だよねぇと母に話したらば、ああそれは鳥がつついてるからだと教えてくれました。(門扉回りが汚れていたのは 喰い散らかした花弁と糞のせい)そういや、今年はいやに大きめの小鳥を見かけてたんですが、そやつらの目的が、ここいら一帯ならどこのお宅でも植えている、モクレンの蕾だったらしいんですね。ヒヨドリかメジロかホオジロだろうとのことでしたが、どれにしたって例年に比べると随分と早い飛来で、来たはいいけど食べるものが極力少なくてのご乱行じゃなかろうかと。これもどっちかといや暖かだった証拠なんだろねぇとのことでした。………モクレンの蕾って美味しいのかなぁ?
(おいおい)




     ◇◇◇



 いきなり風がぬるんだかと思や、今度は台風並みの荒れようになったり、雪や雹をもたらしたりと。人の性格への“お天気”という言いようは成程ここから来たんだなぁとしみじみ思わせるような、めくるめく日替わりで寒暖の差が乱高下した、二月三月だったのだけれど。さすがに花見本番という時期を迎えると、ダウンジャケットは着ないかなというほどには寒さの限度も落ち着いて来る。

 “でも、夜桜見物に出る人は、防寒対策が要るそうですが。”

 各地の桜の名所を次々に紹介していた朝のニュースショーの中、今夜は少しほど花冷えな気候になりそうですと、お天気お姉さんが呼びかけており。でもまあ、ウチは外へ出勤するお人もいなけりゃ、その会社から真っ直ぐ花見の宴へ繰り出す“新入社員歓迎会”にも縁がないから、と。全くの他人事だよななんて感慨に、眉の端っこを下げておいでだったのが、幻想文学のホープ・島田せんせいの敏腕秘書にして、島田さんチの良妻賢母でもあらせられる、七郎次さんだったのだけれど。

 「……さぁてと。」

 食事の支度の最中だったダイニングからは ちょいと離れたサニタリーから、洗濯機が任務完了との電子音を響かせて来たので、カウンターの上に置いて観ていた小さめのパネルテレビを消しながらそちらへと向かえば、

 「…みゅう〜〜〜。」
 「おや、久蔵。」

 あんまり物音は立てぬようにと注意を払っていたけれど、そこは野生の感応の鋭さが働きもしよう。物音とそれから、美味しい朝ご飯の匂いに誘われてのことか、それとも…単に起き出す時間であったからか。島田さんチの小さな仔猫さんが、寝床のあるリビングからほてほてと出て来たのとご対面と相成って。どうやらメインクーンという種の仔猫さんではあるものの、どういう不思議か家人には愛らしい坊やに見える久蔵くん。今朝もその愛らしさは格別なものであるらしく、

 「うにゅ…。」

 まだ眠たいのか、姿も動作も印象はとろりと柔らか。どちらかと言えば長身な方の七郎次だと、そのお膝を床へ突くまでして屈まねば お顔を覗き込めないほど小さな坊やは。出て来たばかりのリビングの戸口へ ふやんと力なく凭れつつ、やわく“ぐう”にした小さなお手々でしきりと目許をこすっているのだが。お廊下を満たす柔らかな明るさの中、ふわふかな金の綿毛にくるんとくるまれた色白のお顔の甘く幼い造作を、何とも無造作に…惜しげもなくぐいぐい押し潰しての“まだ眠いでしゅ”という仕草を見せるところが、

 「〜〜〜〜〜。///////」

 あああ、何て勿体ないことを〜〜っと。今日一番の“惚れてまうやろ”が早くも記録(カウント)された七郎次さんであったらしい。レベルは“8惚れてまう”というところでしょうか?
(おいおい)

 「どした? まだ眠いんなら、勘兵衛様ンところへ行こっか?」

 内心で ふるふるっと“萌え”へ身もだえしていても
(笑)、そこは…何が大事か優先かを的確に判断し、その手配へ向けててきぱきとその身を動かせる敏腕秘書殿。眠たげな坊やを腕へと抱え上げ、懐ろへ収めるとそのまま方向転換をし、廊下を寝室のほうへと向かうことにする。ここ数日は、急ぎの原稿や打ち合わせ・取材の予定もなく、はたまた何かが降りて来ての執筆モードに入ってもいなかった島田せんせいだったので。在宅のまま、至ってのんびりとしたペースで過ごしておいでであり。ついさっきにあたろう今朝方も、

 「……。」

 よくよくお休みだった まろやかな、されど男臭い寝顔を間近からじっくりと堪能させていただいてから起き出したこと、ちらと思い出しでもしたものか。

 「〜〜〜。/////」

 さっきのがレベル8なら こちらはどれほどの“惚れてまう”にあたるものか、知らず知らずながら ほやんと頬が緩みかかった七郎次。その気配を察したか、みゅう?と小首を傾げた仔猫さんが、懐ろから無邪気にも見上げて来たのへと、

 「あ・いやいや、何でもないぞ?//////」

 慌てて誤魔化すところが何ともはや。
(苦笑) 頬や額といったお顔もそうだが、こちらのシャツの胸元へ やわい力で掴まっている、きゅうと丸めた小さなお手々もまた。和菓子のぎゅうひを思わせる、しっとりやわやわななめらかさが、ただ見ているだけでも伝わって来。

 「ほ〜んと。何て可愛いんでしょうかね、久蔵はvv」
 「にゃ?」

 なんのおはなし?と、見上げて来た大きな瞳の潤みようへ、

 「〜〜〜っ、」

 あらためて胸倉つかまれかかったお兄さんだったものの、

  ―― ピリリ、ピルル

 随分と間近から小鳥の声がし、二人揃って“ひゃあビックリ”と姿勢を正してしまったほど。

 「にゃっ?」
 「うんうん、びっくりしたねぇ。」

 大きなお眸々をぱちぱちっと瞬かせた久蔵が何か言いたげに見上げて来るのへ、七郎次もうんと頷き、離れかかってたリビングへ入る。ここへと寝床を置く久蔵が まだ眠っているかもと、閉ざされたままになっていたカーテンを引き開ければ、もうすっかりと明るくなった庭からの陽がさあっと差し込み。そんな動きに向こうでも驚いたか、何かの小鳥が窓辺近くのサザンカの梢から飛び立っていったようだったが。

 “……おや?”

 さして離れてゆかぬまま、今度は茂みの向こうの古モクレンの枝へととまる。濃青の羽根はスズメやムクドリではなさそうで、それより何より大きな特徴だったのが、

 「何を咥えておるのだろうな。」
 「勘兵衛様。」

 廊下でごちゃごちゃやっていた母子を見かけ、声を掛けるでなくの微笑ましげに眺めていたらしかった御主様へも、先程の唐突な鳥の声は聞こえたらしく。窓辺へ立った七郎次のすぐ傍らへ後から来た彼が居並ぶと、少しほど上背が勝る勘兵衛のその懐ろに囲われるような格好となるのがこちらへは暖かい。起きぬけとは思えぬ冴えた横顔をちらと見上げれば、そちらは真っ直ぐ庭を見やっており、

 「あの声もあの鳥ならば、
  鳴いた時だけ足元へでも預けたもの、再び咥えたということかの。」
 「そうなりますかね。」

 七郎次も改めて眺めやった青い小鳥は、ちょっとしたエサや木の葉どころじゃあない、結構な大きさの紙を折り畳んだもの、そのクチバシへと咥えており。フクロウや隼でもあるまい小さな身にはかなりの重さでもあろうに、キョトキョトと小首を傾げたりあちこち見回すその所作の中でも、一向に離さないままだというからには、よほどに大事な代物であるらしく。

 「…この庭から飛び立って行かないというのが気になりませぬか?」
 「うむ。」

 しかも。その鳥が休んでいるのは、彼らには少なからぬ思い入れのある古モクレンの樹だ。すぐのご近所だけれどとっても遠い、不思議なお隣りさんの住まう国とをつなぐ、秘密の通路の入り口がある樹で、

 「にゃっ、みゃう。」
 「久蔵?」

 七郎次の懐ろへ危なげなく抱えられていた仔猫の坊やが、間近になった小さなお手々をガラス窓へと当てて見せる。彼らには人の和子、坊やに見えていても、やはり本体は猫なのか。小さな手のひらだけではなくの、かつんと爪が当たったような音もして。うっすらとガラスへ写った影は、それこそ猫のお手々の輪郭であったけど、

 「みゃっみゃっ、にゃうっ。」
 「何か判るのかい? 久蔵。」

 日頃からもスズメやツバメと話しているようではなかったものの、彼へも単なる通りすがりの小鳥じゃないという何かは伝わっているらしく。……と、

  ―― ばさ、ぱささっ、と

 小鳥が不意に羽ばたいてみせての、それから。親子で見守るこちらの窓辺へと、向こうさんから近づいて来た。垂直なガラス窓なので足場もなく留まれやしないと、それが判っていように、それでも。足元をその身の前方へ引き上げると、かしゃかしゃとガラスを引っ掻くように擦って見せるは、何かのアピールとしか思えなくて。

 「…七郎次。」
 「はい?」

 そんな様子を、だが意味までは酌み取れず、呆然と見やっていた七郎次へと。勘兵衛が何かしらこそこそ耳打ちをする。途中から“え?”と、表情を動かした秘書殿だったが、そんなお顔で見やった先、御主が念を押すよに“うん”と頷いたため、自分の懐ろ見下ろすと、ゆっくり屈んで仔猫さんを足元へと降ろし。片やの勘兵衛は、彼らが佇んでいた掃き出し窓へとかってあった回転錠を解き、からからと静かに開けてやる。途端に流れ込んで来たのは朝の空気で。いいお日和が続いていはしたが、この時間帯はまだまだ肌寒いそれ、仔猫もたちまちふるるっとその身を震わせたものの、

 「ほれ、七郎次。」
 「…はい。」

 後ろ髪を引かれつつも、勘兵衛の促しに応じて窓辺から下がった大人二人であり。そして…久蔵の方は方で、何を言った訳でもなかったというに、彼らを追うこともなく その場に居残り、一旦は驚いたように飛び去った小鳥の方を見やっている。

  すると、

 やはりモクレンの梢へ戻った小鳥は、仔猫しかいなくなった窓を用心深く見やっていたが、久蔵が何度か ふるるっと毛並みを震わせても人が立って来る様子がないと納得したものか。再び飛び立って来ると、今度は窓枠の中へまでと至り、咥えていた紙を久蔵の鼻先へポトリと落とす。

 「…にゃ?」

 小さなお手々が覚束無くもそれを拾い上げ、だが、いかんせん折り畳まれたのを開くとか、そこまでの動作は出来ない彼だったため、みゃおうにゃうと部屋の奥向きへ鳴いて見せたのは仕方がないこと。顔を見合わせ、しょうことなしにと七郎次がそおと向かえば、やはり小鳥は飛び立って逃げたが、先程までのような 怯んでという気配はずっと薄まっており。しかもしかも……


  「………………あ。」


 開いた紙には随分と奔放な筆跡の字が連なっていて。どうしてこの大きさが要ったのかがやっと判ったと同時、七郎次の口許へそれは暖かな笑みが浮かんだ。

 「勘兵衛様、久蔵、ほらこれ。
  向こうのお国のキュウゾウくんからのお手紙ですよ?」
 「みゃっ?」
 「おお、それは凄いな。」

 お昼にこっちへ来てもいいですか?ですって。そうそう、そういえばお正月にも、キュウゾウくんがおいでだったのにこちらは留守だったって事がありましたものね。あれは気の毒をしたなぁって思ってたのですが………と続いた七郎次の言いようの途中から、とたたっと板の間鳴らして明るいリビングをその中ほどへまで、幼い足取りで、それでも駆けてったのが小さな坊や。ローテーブルの下、雑誌やテレビのリモコン、電卓などなどが突っ込んであったところから、両手で掴んで体重かけてという大仰さで うんしょよいちょと引っ張り出したのが、携帯電話サイズほどの細長いポーチ状の小物入れであり、

 「はい? どしました、それはペンケースですよ? 久蔵。」

 キョトンとする七郎次がそれでも立ってゆけば、その足元に にゃあにゃとすがってから、長い御々脚を素早く駆け登り、途中から掬い上げてもらった腕の中から、盛んに何かを訴えかける久蔵で。言わく、

 「返事を書けって? 小鳥さんが待ってる? あれまあ。」
 「………よくも通じるものだの。」

 まだちょっと肌寒い春の朝。でもでも、お花見日和はまだ続いておいでの東京なので、お昼ごろには暖かさも増すはずで。遊びに行くよと先触れのお手紙を初めて下さったお友達へ。早くおいでね待ってるよと、嬉しい気持ちを一杯詰め込んだお返事書いて、小鳥さんへ預けた仔猫さん。ウキウキが止まらぬか、興奮気味なまま ぎゅむと爪立てて勘兵衛の脛へしがみついてしまい、

 「あたた…っ、これ久蔵っ。」
 「にゃっみゃう?」
 「ありゃりゃあ。」

 まさかに飛び上がるほどではないながら、それでもパジャマ越しの一撃は効いたのか。その筋の大先生に何とも言えぬ苦笑をさせてしまった、一場の幕だったのでございました。




  〜Fine〜  2010.04.07.

空と雲 サマヘ ←背景の素材をお借りしましたvv


  *えとうと、
   いつも猫キュウともどもMorlin.がお世話になっている藍羽様から、
   それは素敵なお誕生日祝いを頂いてしまいましたvv
   朝ぼりタケノコですか、大好きですよぅvv
   しかも、キュウゾウくんとシチさんが朝早くに手堀りで?
   本当に本当にありがとうございますvv
   アク抜きにと皮ごと湯がくとき、
   トウキビの匂いがするんですよねvv
   炊き込みご飯によし、八宝菜や筑前煮に若竹煮、
   炒め煮にしておかかであえての土佐煮にしてもよし。
   あぶって味噌つけても甘くて美味しいですよねvv
   料理上手がいる島田さんチに負けないメニューで、
   美味しくいただきますね?
   そういえば、昨年の私のお誕生日にきてくれたのが、
   両家のお付き合いの切っ掛けのようなでしたよね。
   じゃあ私はご両家のキュウピッド?
   ……いやいやいや、冗談ですってば。
   どちら様も練達揃いのご一家なのに、
   刀構えて集中するのはやめてください。
(大笑)

  *露原藍羽さんのお家は「Sugar Kingdom」さんですvv
   ちなみに、オオルリは
こちらで、他のお話に出したルリビタキはこちら

ご感想は ここだにゃvv めーるふぉーむvv

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